思い出し効果

2017/11/10

ある夜、散歩をしながら、昼にした会話をぐるぐると思い出していた。

 

「 お昼食べないの?ダイエット? 」

「 いや、そういうわけじゃないんですけど、週末に人と会うので・・・ 」

「 だから? 」

「 僕が太って行ったら相手も嫌でしょう 」

「 へ~、素敵じゃん 」

「 実際は何の意味も無いですけどね 」

「 いやいや、会うまで毎日思い出してくれるっていうのが良いんじゃん 」

「 そういうものですか 」

「 そういうものだよ 」

 

そういうものなのかぁ。最近やたらとよく聞く。人はなにかにつけて相手に思い出してもらうのが嬉しいのだということを。今回の思い出しタイミングは「 会うまでの毎食時 」だったけれど、他に聞くのは「 ふとした瞬間 」、「 同じにおいの香水をかいだ時 」、「 良いことがあって誰かに話したい時 」なんかもある。「 夜寝る前にいつも思い出したいの 」と言っている人もいた。なるほど、思い出してもらうだけじゃなくて思い出すのが良いというパターンもあるのか。

 

僕がどれだけ相手を思い出そうと、相手は僕が思い出しているなんてことは知らない。逆も同じ。相手がどんなに僕を思い出しても、僕はそんなことは知らないから、いつもこうやって退屈な表情で退屈な気持ちでいる。なにかのきっかけで誰かに思い出されてるってもしわかったら、確かに心がウキウキするような気がする。退屈をどこかにやってくれそうなほど嬉しいと思う。その人に好きなお菓子を買ってあげたくなるくらいその人を大事に思うだろうと思う。だけれど、実際にそれを知ることはほとんどなかったので、僕の世界にそういうことは無いのと同じだった。

 

恋人同士くらいじゃないか。「 今日ね、いっしょにお茶したあの喫茶店の前を通ってね、初めてデートした時のことを思い出したよ 」なんてことを言われたら確かにしあわせだろうなと思うし、それを言葉にして伝える恋人たちもイメージできる。恋人がいない人はウキウキが抜け落ちた退屈から抜け出せないのか。しまった。

 

うーん…。でも僕がこれだけ人を思い出すのだから、どこかの誰かも僕のことをこれくらい思い出してくれててもおかしくないのでは。めちゃくちゃな論理だけれど、そう思うと結構嬉しくなってきて、そのうち「 そうだ。きっとそうなんだ 」と信じ込むような気持ちになってくる。夜の散歩から帰るころには、「 素敵じゃん 」と昼飯時に言ってくれたあの人の考えについても、僕の中でじんわりと共感されるようであった。